2004.09.01
_ [tDiary] 背景画像をランダムで表示する
randisp.rbを使って、タイトルの背景画像をランダムに表示するようにしてみた。具体的には、ランダムにしたい要素の代わりに<%= randisp_textfile("./hoge.txt") %>を入れて、hoge.txtの内容を<div style="background-image: url('./images/hoge_01.jpg');">こんな風にすると、hoge.txtの中から一行がランダムで出力されるしくみ。style属性はCSS的にはとてもださい事らしいので、気にする人もいるだろう。でも、方法としては応用範囲が広そうで素敵よね、と思った。
<div style="background-image: url('./images/hoge_02.jpg');">
<div style="background-image: url('./images/hoge_03.jpg');">
2004.09.04
_ [イベント][感想]暗闇の中に11人いる
http://www.dialoginthedark.com/contents/完全に光の遮断された空間の中で、10人一組にされた参加者パーティーが、全盲の案内人に導かれて視覚の存在しない状況を体験するワークショップ形式の展覧会、ダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきた。
参加者は10人づつ隔離されて、全盲の案内人によって全く光の入らない空間に導かれる。現出するのは、誰も視覚を持ち得ない、視覚という概念の存在しないもう一つの異化された現実、無比のリアルを携えたファンタジー。降り立って、触覚、聴覚、嗅覚、味覚で感じ取ることのできる別世界。
参加者は、体をぶつけて肌を触れ合わせ、声を掛け合って、緩やかな連帯を形成しながら世界への認識の在り様を見つけていく。他の参加者の声が遠くの一方向からしか聞こえなくて不安になり、周りに気配を感じて安心する。すごくおもしろい。これは、サービスイン直後のMMOを手探りで開拓する事、TRPGの新しいルールブックを読む事、それらと同じ類の世界を識っていく面白さなのだけど、駆使するセンサーと得られる情報の密度の違いでここまで気持ちよくなれるものかと驚く。
プログラムは1時間くらいで終了。とてつもなく濃密な時間。この方法、世界観を作り出すにあたって、現時点では相当に完成度の高い解答なんじゃないかと思った。発展系として、暗闇の中で展開される体験が、今回のように現実そのままではなく、送り手の創作による物になると考えると楽しみだ。何しろ視覚というチャンネルを無くした脳ッコロは多少おかしな情報でも欲しがるようになって、相当無茶な情報でも真に受けてしまう気がする。
_ 暗闇でも目を開ける
プログラム中は目を開けていても閉じていても見えるものは変わらないんだけど、視覚以外の情報で空間を把握しようとしても、目を開けていないとまともに把握できなくて、ずっと目を開けていた。これは多分バイクに乗っている影響で、バイクに乗っている時はほぼ視覚だけで空間を認識していて、その癖で頭が空間把握力を振るう際に、瞼の開閉をトリガーにしているからぽい。逆に、目を閉じる=寝るがトリガーになっていて、目を閉じていると視覚以外のセンサーも弱るからかもしれない。自分の体の動きもよくわかってない。
_ [マンガ][感想]林田球/ドロヘドロ 5
本: ドロヘドロ 5 (5)BIC COMICS IKKI世界観と作劇の間合いの取り方が何か童話的。やっとポツポツ進み始めた本筋のプチスペクタクル話よりも、枝葉のなんでもないエピソードの方がずっと魅力的で面白いってのは、書き手も読み手も了承済みなんだろうな、と思った。幸せなことだ。みんな幸せ。
_ [マンガ][感想]五十嵐大介/リトル・フォレスト 1
本: リトル・フォレスト (1)ワイドKCアフタヌーン (551) 食べた物を淡々と記録するよ。というか、食事に関する事を丹念に記録するよ、というか。描くもの描かないものの取捨選択がよくできてて、テーマに正しくフォーカスがあたってて気持ちがいい。現在連載中の非勝負系・非解決系の料理マンガとしては、『沈夫人の料理人』『沈夫人の料理人』と双璧をなしてる。あ、あとオビがアフタヌーンの垢抜けなさの典型例みたいな駄オビで困った。机がペトッ(孤独のグルメ)としてんじゃねえよ。ペッペッ_ [マンガ][感想]石田敦子/アニメがお仕事! 1
本: アニメがお仕事! 1巻 (1)ヤングキングコミックスつらい。何か色々諦めて、諦めたつもりで諦めきれていない、未だ途上のオタクにとって、逆境で必死で熾るコークスのようなこの主人公姉弟は眩しくて、よくできているだけに読むのがつらい。あと、狭いオタ業界に特有の泥臭い人間関係も、悪意のボーダーラインが低い荒れたやり取りも、読んでて嫌なんだけど、でも、おもしろい。きついけど読んで、自分の中で咀嚼する必要のある作品だと思う。
_ [イベント][感想]時代のアイコン - 日本のグラフィックデザイン50年
http://www.matsuya.com/ginza/art/jidai/wd.html従兄弟の手がける服飾ブランド mintdesigns が松屋に期間限定でお店を出すというので挨拶ついでに行ってきた。NTT、東京電力、JRの各ロゴと共に展示されていた、CIデザインマニュアルと書かれたA4バインダー綴じの分厚い資料が印象に残った。各事業者のロゴの印刷、塗装、表示時(マニュアルでは、これらをまとめて"再生"と表現していた。かっこいい)のノウハウと手順がもうパラノイアックなこと細かさで定められていて、ビッグプロジェクト感満点で萌える。営団地下鉄のサインデザインも初期の資料と一緒に展示されていて、これもよかった。解説文ではさりげなく東京メトロをdisっていてるのがお茶目。物販コーナーで売っていた本の中では、デザインの解剖というシリーズがちょっと凄かった。キシリトールガムや明治乳業のおいしい牛乳など、一冊で一つの商品を取り上げて、題名通り商品にこめられた意匠を全て解き明かさんとした本なのだけど、たとえばキシリトールを開ける際に使う赤い帯状のセロファン一つに1ページを割いて解説をくわえたりしてて、感動もの。幸いAmazonに在庫があるみたいなので、そのうちカートインしよう。
2004.09.05
_ [本][感想] 舞城王太郎/好き好き大好き超愛してる。
本: 好き好き大好き超愛してる。 この物語になら、試写会の出口調査で捕まえられたって、泣いた!感動した!って言える。実際に落涙したかどうかは問題じゃなくって。表題作の、自己言及も含めた"愛情"についてとか、『ドリルホール・イン・マイ・ブレイン』の、世界についてとか、書かれる事がイチイチ自分の血肉に呼応する。『土か煙か食い物』と『暗闇の中で子供』だけではどうも確信がもてなかったけれど、この『好き好き大好き超愛してる。』を読んで、舞城王太郎という作家を本当に信頼しようと思った。僕が依存する対象の、数多あるピースの一片として、認知することができる。嬉しい。
2004.09.07
_ [イベント]神田川船の会
http://homepage2.nifty.com/sn98/kandagawa.htm10月9日の乗船会に参加するべく、9月に入ってからというものこのページを毎日チェックしている。乗船会の様子はこちら。わあ劇パト。どなたかご一緒しませんこと。
2004.09.08
_ [Web][妄想]大塚幸代氏に萌やされる
大塚氏はフリーライター。初めて彼女の記事を目にしたのは多分小学生の時で、クイック・ジャパンでイタチョコシステムズを取り上げていたのだと思った。その頃から今に至るまで、立ち位置がまるで変わらないようにみえる青春の蹉跌っぱなし感が好ましくて、なんとはなしに注目していた。氏のデイリーポータルZの記事はその時々のテンションがもろに出ていることが多いのだけど、最近一ヶ月ほどはロードムービーと自分語りがないまぜになったような叙情溢れる旅行記事が続き、(参照 : おとなの夏休み〜栃木ヤキソバ旅情編、初恋と座間のひまわり)ストーカー寄りの読者として「また弱まってる時期なのかな」とか不躾な想像を巡らせていたところに、今日のこの記事。
@nifty:デイリーポータルZ:私に川越を案内させてください
冒頭から、
私の出身地は鶴ケ島市という隣の市なのだが、川越にある高校に通っていたので、3年のあいだ、放課後をずっと、ぶらぶらぶらぶらと歩き倒した。ただならぬ雰囲気で始まった記事は、川越案内の体裁をとりつつ、氏のフランクな口調によって、フラグの立った川越デートイベントへと変容していく。
いまは、兄夫婦が川越に住んでいる。
私のとって、思い入れのある、大切な町なのだ。
んで是非、『デイリーポータルZ』読者の皆さんを、無理矢理、川越案内させていただきたい。
観光の王道コースじゃない川越を、得意げに、紹介出来るかもしれない。
えーっと………こっからタメグチでいいですか?
うーん、おいしー!この手の込んだSPAMみたいなギャルゲ文章はなんだ。萌えすぎる。三十絡みで 身長170cmオーバーで 少女性に対してうまく折り合いがつけられてなさそうな女性ライターが攻略対象として出てくるギャルゲー。心中の前に彼女に手を曳かれながら川越でデートするギャルゲー。やりてえ。
甘いものが苦手な人には、トコロテンやラーメンもあるよ。
……そうだ、紫の餃子、食べない? 紫イモが入ってる餃子。
「川越ラーメン」っていうの出してる、「大八」っていう中華屋なんだけど(川越市大手町14-7)。
ね、ね、ね、紫でしょ。
中も、ちょびっとだけイモ入ってて。まあ味は……普通においしいでしょ、ふふふー。
_ [EQUIPMENT][オタク][感想]Hitmaker / SGGG feat SEGA スウェット
HIPS(Hitmaker Interactive Products Store)は、こないだSEGAにリユニオンされたHitmaker社が自社のサイトで展開していた物販ページ。そのHIPSの衣類セクションは、フリクリのタイトルロゴを手がけたTGBデザインやLEVEL1なんかがデザインした、やたら小洒落た(そして本来のファン層に訴求するかどうかは微妙な)製品をひっそりと売っていた。多分AM3研時代から続く、気合の入り過ぎたノベルティを作る芸風の延長だったんじゃないかと思う。Hitmakerと共にHIPSも消滅してしまったけれど、残った在庫についてはまだセガダイレクトで買える。これはセガガガのスウェット。

フロントにはメガドラのコントローラコネクタと"The things that surely remain(確実に残っていくもの)"のプリント、バックプリントには歴代セガハードのパーツと"That's one small step for mankind, One giant leap for us.(人類には小さな一歩だが、我々にとっては大きな飛躍だった。)"の文字が刷られている。
ボディはPRINTSTAR社のHeavyWeightで、重量感があって悪くない。この頃の、"でもやるんだよ"的な逆境ヒロイズムにメーカーもユーザーも酔っていたような雰囲気は、セガのゲームをプレイできないミーハーセガファンの自分が一番好ましいと感じる点でもあるし、それに、こういった、形としての意匠が特に凝らされていない衣服を選ぶ時は、自分にとって意味のあるプリントがなければ買う意味がない。いい消費だったように思う。
2004.09.09
_ [オタク]"萌え"と"萌える"
仕事場で録画したギャラクシーエンジェルを見ていたら、同僚から「伊藤さん、またそんな萌え萌えなモン見ちゃってー」と声をかけられてちょっと思ったこと。
動詞としての"萌える"(萌える 萌える時 萌えれば 萌えろ)と、形容動詞として巷に普及する"萌え"(萌え萌えな〜 萌えな〜 萌え○○)の間にちょっと違う意味合いで使われているような。"萌え"は"萌える"に比べると、ちょっと対象に対して距離を置いているというか、揶揄や自嘲的なニュアンスが混じっているように感じる。新語辞典には"萌え"で収録されているけれども、"萌え"という言葉がオタ以外の層に認知されるにあたって、言葉のコアユーザーであるオタ層に対するネガティブ意識がニュアンスに変化をもたらしたのかな。"萌える"の方は幾分主体的で、オタ以外が使うことはあまりなかったろうから、意味合いも変化しなくって、それがニュアンスの違いとして感じられたのかもしれない。
2004.09.10
_ [映画][感想]マッハ!!!!!!!!
スタッフ役者共々、ずいぶんな真面目さをもって取り組まれた映画であるように思った。以下ネタバレ。- タイの農村。首都へ出ていった挙句チンピラとして村に戻った若者に、村の信仰の象徴である石仏、オンバクの首が盗まれた。首を奪われた石仏と時を同じくしてこの世に生を受けた主人公は、村の僧侶から教わったムエタイをもって御仏の地上代行者となり、奪われた石仏の首を取り戻すため首都へ向かう。首を奪った悪者は、自ら神を僭称し石仏を国外へ売りさばく密輸業者。戦え主人公。
- ブッディーな価値観に貫かれた訓話感の強いプロットが印象に残った。主人公はとてもストイックに、ほとんど村人の信仰心が顕現させたムエタイの化身として描かれる。セリフも石仏の行方を尋ねるものばかりで、「オンバクのためなら死んだっていい」とまで言う。聖杯戦争に出てきそう。悪役は石仏を国外に持ち出して巨万の富を得る冒涜者だし、主人公に最後の力を与え、最終的解決を行うのも石仏だ。寂寥感漂うエピローグもタイ国民的の宗教観としてはポピュラーなものなのかもしれない。
- 冒頭の木登りからしてそうだけど、機を見るやすぐに肘で頭蓋を4分割しにかかったり、メキャ、とかボク、とか本当に骨を断ってる音ばかり聞こえてきたり、人資源の豊富さを感じさせるアクション。この辺りの暴力の強度は最早先進国では絶対に作れないだろうな、と思う。特に主人公がトンファーを持ったシーケンスがエグい。外傷は中々できないのに、口腔や眼孔はすぐ出血して目が真っ赤に染まったり、血と涎をダラダラ流す描写も生々しくていい。主人公の体さばきはアンリアル過ぎるリアルであり、圧倒されっぱなしなのだけど、中でもムエタイの型が目を惹く。ムエタイは中国拳法に比べて膝と肘がメインなので、動作半径が小さくて、遠心力に抗う関節も少ないからなのか、動きの精密感が全然違う。ビピタッ、ビピタッ、という感じで大変に気持ちがいい。ただの突きやカポエラキックなんかの見慣れた動作をされるとハッと我に帰るくらい夢中になる。
- 前半の人チェイスは、主人公の無茶なマニューバと、主人公→スイカ頭→追っ手の順にそれぞれ同じ障害にあたって異なるリアクションを取っていく構成がミシェル・ゴンドリーのKylie Minogue/COME INTO MY WORLDを連想した。一旦思考がこっちに流れるともう止まらなくて、海中で海面から吊り下がった沢山の石仏を見つけるやたら幻想的なシーケンスはクリス・カニンガムのPortishead/Only Youだし、予告でも流れていたファイヤーニーはCalifornia/WAXに見え始める始末。
- 殺陣が一昔前の対戦格闘ゲーぽい。異様な飛距離の飛び込みが多いとか、ハイキックが交差して判定の強い主人公の方が打ち勝つとか、コンビネーションがKKK3Kみたいだとか、ローキックの連射速度が弱K並だとか見せ場でいちいちリプレイが入るのは3D格闘のKOリプレイだよなとかなのだけど、元々あるムエタイのファイトスタイルを格ゲーが参考にしたのかもしれないので、保留。サガット東アドン。
- そこら辺をコジつけながら見ていて、監督は結構若い人なのかなと思った。故の真面目さか。
- ちょっと暖色系に振られた画作りは、タイの風土そのものでもあるだろうけど、黄色人種の濃い色の網膜が見てる色でもあるのじゃないかな。最近ヨーロッパ系のビキッとした色温度の高い画を見る機会が多かったので、ちょっと新鮮だった。
- トゥクトゥク(オート三輪タクシー)チェイス。 説明もなく大量のトゥクトゥクに追われる不条理感に加えて、オート三輪ゆえの横転しやすさや無茶な旋回性を生かして、今まで見た事のない不思議なカーチェイス映像になっている。かなり好きなシーン。
- 敵キャラでは、学ラン着て音ゲーの達人みたいなステップで主人公に挑む日本人"トシロウ"が気になった。スタッフが真面目にコンテンポラリーなジャパニーズファイターを模索した結果だろうか。判らないことも……いや全然判らなかった。タイセンス。
2004.09.18
_ [映画][感想] 華氏911
ブーンドックスを読んだ時に書こうと思って忘れていた。自分の中ではアメリカという世界に対する距離感は、現実よりもかなりファンタジー寄り、ノーラスやヴァナ・ディールとあまり変わらないところにあって、MMORPG"アメリカオンライン(AOL)"の舞台かなにかだと思っている。ちなみに南米はアドオンで提供される。カナダはパッチ。この俺アメリカは、小説、映画、ゲーム、アニメ、マンガ、ドキュメンタリーなんかに登場するアメリカを手前勝手に積み重ねたもので、ジョー・R・ランズデールやシャドウランが混じっているために、グチャグチャの、何が起きてもおかしくない、"すげえ面白いけど絶対に近寄りたくない"場所になっている。華氏911もこういう認識の元で見た。
訥々とインタビューに答える、しゃべりなれていない感じのアメリカ人がよかった。予算削減で州全体で8人しか当直についていないミネソタ州の警官や、低所得者層をターゲットにスカウトを繰り返す海兵隊の募兵官、マイケル・ムーアの故郷フリントの職業訓練校の生徒、あどけない顔でイラクに派遣された兵士。彼ら一介のアメリカ国民に対するマイケル・ムーアの優しみと愛着が感じられて、そこから浮き彫りにされるアメリカの国内事情(低所得者層の若者が募兵に志願するしかなかったり、その傍らで退役軍人や予備役に対する保障がザクザク削減されてたり)も引き立つところ。それに比べると、ブッシュ周辺とサウジアラビアの陰謀論めいた下りやコングロマリット周りは悪役ぶりがわかりやすすぎ&編集もうさんくさすぎで、突っ込まれて議論の火種になるのも仕方ない。息子がイラクで戦死したママも、自宅で話してる時はすごくよかったのに、ホワイトハウス前まで連れてくるのには少しあざとさを感じてしまった。この辺りの描き方は、マイケル・ムーアがこの映画のターゲットにしたアメリカ国内の低所得者層に向けたものなのかな。
しかしマイケル・ムーアはホントに愛国者なんだってのがよく伝わってくる。先に書いた普通の人たちに対する態度もそうだし(サウジアラビア大使館前の大統領警護官とのやり取りが好き)、サウジやコングロマリットへだって茶化しや悪ノリはあるけど、愚直なまでに自分の国を案じているが故の憤りであるように見えて、切ない。このマイケル・ムーアのロードムービーぽさと音楽の使い方は前作『ボウリング・フォー・コロンバイン』を見た時に気に入った点だったのだけれど、今回は大分薄れてしまっている。もう中々自ら取材に赴く事も難しいだろうし、今後も薄れる一方かと思うと惜しい。
_ [食物][感想]フタバ食品/ごま塩クランチバー
バニラアイスをホワイトチョコ+ごま塩の外装で被ってある。要素として塩味をエンチャントしたアイスとしては『みたらし団子アイス』なんかと同系統かも。塩味はかすかに感じる程度なのだけど、みたらし部分がシャーベット系だった『みたらし団子アイス』に比べると、ホワイトチョコ+塩味の組み合わせがかなりくどい。根元まで食べ終わる頃には喉が渇いてしまった。乳脂肪分を増やす以外でコク感のある味を出す一つの解答として、塩味に逃げるのはけっこう面白いんじゃないかと思った。_ [映画][感想]フォッグ・オブ・ウォー 〜マクナマラ元国防長官に学ぶ11の教訓〜
http://www.sonypictures.jp/movies/fogofwar/site/倫理学と統計管理を得物として長きに渡りアメリカに仕え、20世紀の戦争と同衾し続けた爺が、自らの半生について語りっぱなし。
ハーバードで学んだ統計管理学と倫理学であらゆるものに対峙する切れ者マクナマラの極端なキャラが大変にかっこよくてしびれた。劇中に示される教訓も、"目的と手段の“釣り合い”が必要だ"とか、"行動の理由付けを常に見つめ直せ"とか、普遍性のあるなんだかビジネス書のタイトルみたいなものが多い。マクナマラにとっては、フォード車の改良も、冷戦も、統計管理によって解体され、理解する対象であったのだろうと思う。WW2でのオーバーキルやベトナムでの枯葉剤散布について、マクナマラは自戒も込めて"戦争にもルールが必要だ"と説く。でも、敵も味方もルールを持たない、非対称型戦争ばかりのこの現実は、JFKの死に話が及んで涙ぐみ、対立し、最後には自分を解任したジョンソン大統領の人格を擁護するような誠実なマクナマラにとって、もう理解を試みるのも辛いんじゃないだろうか。映画の終盤、泥沼化したベトナム戦争についてマスコミから非難されるマクナマラに呼応して顕れる11番目の教訓 "人間の本質は変わらない"。戦争の霧の中で人間は迷い、判断を誤り、予想もつかないことが起こる。巨大なシステム同士の戦いだった冷戦は終わり、ますます戦争の霧は深まるばかり。エピローグ。インタビューを終えて車に乗って家路につくマクナマラは、さっきまでとは別人みたいにしょぼくれている。同乗しているインタビュアーの意地悪な質問にもさっきまでとは打って変わって消極的な答え。あれだけ赤裸々に様々な事実を話した後にも、まだ墓まで持っていくのを決めた事実が残っている事を暗示して、映画は終わる。余韻を残したいいラストだと思う。
_ [イベント][感想]BRANIFF AIRLINE EXPO
http://www.braniff-expo.com/行ってきた。今までブラニフについては復刻された記事で作った旅行カバンくらいしか知らなかったのだけど、このエキスポで見た数々の資料を見てあまりの出来のよさに驚いた。あんまりよくできているので、いままでだまされてたけどブラニフって大掛かりな架空CI企画なんじゃねえのかと本気で疑ってしまった。クライン・ダイサムの託児所みたいな架空インスタレーションは本当に架空のものだったし、当時のものと今回作り直した物が一緒くたに展示されているお陰で、やたら強いファンタジーとして機能してしまっている。見てて頭がクラクラした。その割に、ブラニフ一本ではパルコ1フロアを埋め切れなかったのか、アレキサンダー・ジラルドのテキスタイルコレクションや各国の航空会社のグッズも一緒に展示されていたりして、ちょっとテーマがぼやけていた感じも。各国のエアラインのグッズではエアインディアのキャラクター"マハラジャくん"がかわいくて印象に残った。各国エアラインの旅客機のモデルが配置された、結構なサイズの空港のダイオラマもあったのだけど、ディスプレイがちょっと面白かった。ダイオラマの四方がパネルで覆われてて、パネルにはいろんな位置に5*5cmくらいの穴があいているというもので、この形式だったら、見る方は全部の穴からのぞきたくなるし、作る側は見られる視点を限定できて、一つの巨大なシュチュエーションに複数の物語を入れ込める。感心した。物販は、本の類を除くといかす復刻物(ブローチやトレー)は初日に完売、対してTシャツなんかの新造物はあんまりな出来だったので、何も買わず。
2004.09.19
_ [映画][感想] アトミックカフェ
http://www.takeshobo.co.jp/movie/atomic/後知恵で何を言ってもださくならざるをえないけども、高度に発展したフール・プルーフなのか、自国民を全く信用していない故なのか、もうさっぱり判らない。眼前に繰り広げられる破滅的喜劇を、半世紀前の現実として受け入れる想像力を僕は持ち合わせず、乾いた笑いが口をつく。撒き散らされる気前のいい狂気を目の当たりにして、冷戦構造下の現実の手触りに慄然とする。世界の終わりと毎日食卓を共にして、狂気を受け入れ、飼い馴らし、よくも40年以上も堪えられたものだとも思う。内容は現実の映像ばかりだというのに、『博士の異常な愛情』もかくやという威力で、見ている最中ずっと人類への信頼は揺るがされ続ける。それは、逆説的に、冷戦という逆境を乗り切った現在の世界の強度に対するポジティブな印象と、新たな危機への気懸かりを同時に喚起することでもあって。
_ ところで
本編の上映前にヤノベケンジの活動報告みたいなものが少し上映されたのだけど、ひどい内容でちょっと興を削がれた。センスのかけらもない編集、DOGAで作ったんじゃないかと思うようなCGアニメ、こもった声の素人ナレーション、挙句の果てに本編のハイライトシーンの映像をそのまま使ったパロディを本編より先に上映するって、どんな考えなのだろうか。ユーロスペースが客を馬鹿にしてるのかヤノベケンジがユーロスペースを馬鹿にしてるのか判らないけれども、今思い出してうんざりしてきた。
2004.09.20
_ [映画][感想]トッポ・ジージョのボタン戦争
http://members3.jcom.home.ne.jp/mozi-mozi/ぜんぜん予想と違った。おもしろい。人と人ならざるもの、生き物と生きていないものとの二重のディスコミュニケーション。生成されるのは悲喜こもごも。結末のネズミの報われなさは共同体に関わった異邦人のそれとだぶる。"さむれえ、雇うだ"っつーか。対して、人の理解を超えるはネズミと風船との結びつき。愛の形。二つのエピソードは、ディスコミュニケーションの顕現として締めくくられる。ネズミの善意は人間に省みられず、ネズミと風船の愛情は人間の理解を拒絶する。しかしそれでもネズミは人の間に生きる。人と時と場所を同じくしても、普段はまるで交わることのない別の世界に生きる。
ちょっと『人狼』(汝は〜じゃない方)を連想したりもした。人狼の主人公は人の皮を被った狼で、トッポ・ジージョはネズミの皮を被った人間なわけだけど。ああ、女の子が両方とも赤い。
_ 映画
4日続けて毎日映画を見て、ちょっとくたびれた。これは、作品の出来栄えとは特に関係のないところなのだけど、人にとって、DVDで所有しておく映画と映画館で見る映画というのはそれぞれ別にあると思っていて、今週末に見た4本は全て映画館で見ておく映画であるように思った。
2004.09.22
_ [本][感想]古川日出男/アラビアの夜の種族
本: アラビアの夜の種族文芸シリーズ 乾いた熱気に焙られる砂漠の陽気を連想させるドロドロに煮詰められた過剰な文体。不思議なリズムと、世界を異化する気安さを湛えた、明らかにコードの異なる会話文。それすらも無数の相を備えるこの本の一側面でしかなくて、幾重にも仕込まれたメタ・ネタ・メタ・メタオタメタメタ。本の夢の物語。夢の物譚りの本。超級のジャンル小説。うん。そう、これはジャンル小説だ。本と向かい合う事についてなにがしかの見識を持っている、この本に描かれる本と読者の関係性について自身の体験としての普遍性を感じる奴等、あるいは、地下に"潜った"事で何かを得た覚えのある、この物語の(チープの謗りを免れえない)ある部分に当事者意識を持ってのめりこめる連中にとって、この本の実力は示されるはずだ。ジャンルの壁を超えるか否かではなく、向けられたジャンルに素養を持つ者にとってあまりに強力であるが故に、この本はジャンル小説だと思う。_ ああそうだ
http://sto-2.que.jp/tutihumaindex.html
この本と古橋秀之と出会う契機になった齋藤光治氏に感謝します。この連環こそが物語の不死性ってやつなのかしら。
_ [マンガ]週刊少年チャンピオン
確かに戦隊モノは子供に勇気と正義の心を与えるもんだよ! 子供騙しだよ!!『無敵看板娘』より。チャンピオンの、オタクへのこういう不器用なフックの作り方が好きだ。『無敵看板娘』の高潔さもチャンピオンの善き部分を体現してる感じでとても好ましいと思った。
しかしそこには大人による巧妙な騙しのテクニックが満載なんだよ! そういう意味じゃ芸術品なんだよ!
んでもって俺は正義を愛してーんだよ 騙されてーんだよ!
大人の脳が作ったものに 大人がはまって何が悪い!!
なのにちょっとその話題で子供と触れ合っただけで変態扱い!
こんな理不尽な娑婆に用なんざねーよ!!
2004.09.23
_ [映画][感想]ゴーストワールド
DVD: ゴーストワールドGHOSTWORLD 40絡みのオタク、シーモア(スティーブ・ブシェーミ)と、オタクに憧れる高校を卒業したばかりのサブカルブス、イーニド(ソーラ・バーチ)の世間との折り合い方、あるいは折り合えなさについて。切実さにおいて差はあっても、誰でも身に覚えがあるであろう普遍的なテーマ。でも、イーニドの息苦しさや疎外感は、日本の現状で理解にされるにあたってはアンリアルにならざるをえないところがある。だって、シーモアは言うに及ばず、イーニドみたいな女の子はいくらもいるし、何をしたって、あるいは何をしなくたって悩むことなく、あるいは悩み続けたまま暮らしていく事ができるのが日本の都市部の現状だと思うし(ま日本のイーニドのうち、どれだけがずっとイーニドのままでいられるのか、というのはあるんだろうけども、)、それに、アメリカの地方都市や高校内での階層的な圧迫感、閉塞感というのは、東京で理解する以上に強いものなのかな、とも感じるからで。これは先週テレ東でやってた『ボウリング・フォー・コロンバイン』中のマット・ストーンへのインタビュー("卒業すりゃしがらみなんてなくなって、町を出て好きなようにできるのに、誰もそれを彼ら(銃乱射事件の犯人達)に教えてやらなかった")からも連想したところで、日本の郊外ももしかしたら共通するところのある感じなのかもしれない。実感の持ちようはないけれど。そんな風に違和感を持ちながら見ていたので、ラストも、今川泰宏風の"そして戦いは続く!"として解釈してしまった。例のバスはニュージーランド行きですよ。きっと。2004.09.25
_ [映画][感想]茶の味
http://www.chanoaji.jp/大変に気持ちいい"異常な日常"モノだった。変な例えになるけれど、トラが高速回転してバターになるのではなく、蝋燭がゆるゆる溶けていくような、落ち着いた頭の溶かされ方というか。『刑務所の中』と似た気配がある。ちりばめられた奇想も、日常からほんの一歩踏み出しただけの、安心感のある見飽きたものが多くて、観ていて不安になったり思考を要求される事もないし、メインキャストもみんなかわいげがあって素敵だ。コンセプトにあらゆる要素が奉仕している、その様はとても美しい。まあやっぱり気障な部分は残ってしまっていて、時々引っかかる表現があるけれど、映画の雰囲気に呑まれてなんだか許せてしまうし。
_ こまねこ
http://ent2.excite.co.jp/cinema/feature/komaneko/
併映されてた。ネコが人形アニメーションを作る過程を描いた人形アニメーションの制作過程を、展覧会の企画として公開しながら実際に制作を進めた人形アニメーション。気持ちいいくらいの交錯ぶり。
_ 剣神ドラゴンクエスト
ゲーム: 剣神ドラゴンクエスト 甦りし伝説の剣帰りに寄ったさくらやホビー館で1500円だったので買ってきたけど、プレイする目途が立たない。
2004.09.27
_ [本][感想]ブルース・スターリング編/ミラーシェード
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150107629/ブームの最中に書かれたサイバーパンクって、今読むと本当に消費されきっちゃってて痛々しい印象を受ける。自分がいわゆる"お勉強"で読んでいる気もしてきて辛い。基礎教養って嫌な言葉だ。結局、自分がサイバーパンクというジャンルを好きなのは、一旦消費されてジャンルがかっこ悪いものになってしまった後にまで残る、スターリングが口を酸っぱくして言ってたその瑞々しくひねくれた精神性にあこがれるからであって、文体やアイテムに代表される様式はどうでもよくて。というかその手の類型的なモチーフを意識せずに食い散らかした身にとっては食傷するしかないところだし、16年前のひ弱な幻視ぶりは、今ある圧倒的な現実に対してみすぼらしすぎる風に思う。その中にあって、グレッグ・ベアの『ペトラ』と、ブルース・スターリング&ルイス・シャイナーの『ミラーシェードのモーツァルト』がよかった。両方とも、切り取られたショートエピソードの向こうに想像を巡らせるのが楽しくて、一文でブワッと脳裏に広大無辺な世界が展開していくのが気持ちいい。
_ 新宿駅にて
中央線のホームに列車砲が停車していた。狭軌一本で運用できるサイズの列車砲というのも趣きがあっていいような気がする。"うちのお風呂は太平洋"というか。ザクマシンガンからドラム缶サイズの薬莢がこぼれ落ちる様にも似た酔狂さ。
2004.09.29
_ [立体][感想]バンダイ/S.I.C オルタナテブゼロ
http://www.tamashii.jp/sic/37.html買ってきた。ミラーワールド唯一の虫ライダーとして、コオロギ成分の多い色味は異端者感が増して好みだ。黒い事をアイデンティティにするリュウガとセットである以上、同じモノトーンで攻めてたら、なんか食玩のブロンズ塗装引いた時みたいな食い足りなさが残ったんじゃないかと思う。リュウガもシルバーを軽くシャンパンゴールドに振ってあったり、明るいネイビーで墨が入ってたり、両方とも単調なモノトーンにならないよう注意が払われていて丁寧な風。映画を見てないからしらなかったのだけど、リュウガのシャープな偽物顔もかっこいい。あと、関節の可動範囲を制限することで、その造形物のキャラクター性、あるいは製作者の作家性を表現するというのは、可動モデルへのアプローチとして、一定水準に達したフル可動や、ボールジョイントへの耽溺を経て、関節強度の調和を達成した後の次のステップとして意識されはじめるものなのかなと、オルタナティブの肩の上がらなさを見て思ったりした。きっと思い違い。
2004.09.30
_ [Web]ほぼ日刊イトイ新聞 -新宿二丁目のほがらかな人々。
http://www.1101.com/2_chome/index.htmlセレブリティなゲイ三人が集まって景気のよさそうな小姑話を繰り返す連載記事。記事中では、同性愛者の男性の事を"ほがらかさん"と呼び習わしているのだけれど、目にする度に、昔NHK教育の番組で知的障害者を同様に"ほがらかさん"と言い換えていたことが思いおこされて、なんともいえない気分。偶然の符合ではあるけど、遠く離れた二つの杜撰な善意が、また両者に全然関係のない脳内の、邪な部分で結びついて下卑た面白さを形成しちゃってる状況ってのはもう本当にロクなもんじゃねえな、と思った。もし、記事の方の呼称を提案した奴がNHK側の言い換えを知ってて、状況の滑稽さにほくそえんでるとしたらそれこそ人の小さくて濃い悪意の発露に慄然とする他ないのだけど、それ以前に自分の思考の繋がり方に慄然とするべきというか。うへえ。

